稲のコト

バケツ稲2019

2019年のバケツ稲は豊作のようです。

以前にやっていた店頭前の「バケツ稲」を復活して2年目。去年と同じ土を使って無肥料で栽培してみたのですが、稲はやはり正直です。天候次第で良くもなり悪くもなり。今年はほぼ豊作。15粒の種からコレだけ取れれば素人仕事にしては合格だと思う。
毎回思うのが、稲の種としてのパワー。15粒の種籾を水を張ったバケツに転がしておいただけで芽吹き育つ。稲を中心とした文化が根付き発展してきた日本は、ただ、沢山とれただけでは無い地理的条件みたいなものが上手く噛み合った結果なのかもしれない。

日本はやはり稲作に向いたところなのか。令和天皇の即位の礼が行われた10月22日の今日、稲作という産業を土台に文化的な下地さえも「稲」となっている日本には、美味しいお米を食べることを推し進めるべきと思う。美味しくないお米は稲作という産業自体の衰退を導くだろうからだ。

腹を満たせばいい時代はきっと終わっている。上質なお米作りはそれなりに手間がかかるし、作育の環境を維持するのにもそれなりのコストがかかる。経済価値を追うがあまりに品質のトーンがじんわり薄らいできているのだろうか、意識して求めないとクオリティーの高いお米には出会えなくなっているようだ。価値を見極め、価値を認めて、正当な対価で消費してこそ美味しいお米は存在出来るのだと思う。

このバケツ稲が美味しくないお米を産む一つの原因を示している。味を棚上げして園芸的に作るには稲はとても優秀な植物なのです。要は現代農業のセオリー通りに作れば案外簡単に栽培し収穫出来る。誰でも土が有り水を回せばとりあえずは栽培出来る作物なのです。

世の中にはこんな米がそこそこ蔓延っているようで、それでいて見分けるすべを人々はほぼ知らない。

あさじろうのミッション。
美味しいお米を作る人と皆様を繋いでいきたいです。